スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アーキラボ 建築・都市・アートの新たな実験展。

昨日、MLのメンバーと「アーキラボ:建築・都市・アートの新たな実験展 1950-2005」http://www.roppongihills.com/jp/feature/archilab/i8cj8i000001c72s.htmlに行く。(お疲れ様でした)
スポンサーサイト

この広い空間をどこまでも

スクーリングにて先生より、あまりに面白い図を描いてもらった。

kuukan

(空間がわけられている図。 ・ はヒト。
まんなかの線は実体のある壁ではなくて、そこにいるヒトの意識のなかの空間の区切り。)



感想。
ヒトの意識のなかにある空間はものすごく流動的で、例えば、ひとりがいろいろ心に抱えていて、もうひとりがそれを察したとしたら、いろいろ抱えているヒトの空間はぐっと広くなり、もうひとりは気づかって小さくなる。意識のなかでは空間の形は常に変わっているのかもしれない。

そもそも、意識のなかでなくても、ものが増えたり、日がさしたり、実は空間はその瞬間瞬間違うものなのかもしれない。

ヒトが増えたり減ったり、動いたり、ものを動かしたり、日がさしたり、季節が変わったり、そういった様々なことが折り重なりあって混じり合って、その瞬間瞬間に空間ができているのかもしれない。
で、更にそこをやはり瞬間瞬間違う自分という意識をとおして体感しているのかもしれない。


なんだか空間はどこまでも広がっているように思えてきたりして。

構成と私の関係を模索中

 構成の扱いに手をやいてたら、青木淳「その場の質」を教えてもらった。(どうもありがと・・・)
 

青木淳「その場の質」http://www.toto.co.jp/GALLERMA/hist/ja/exhibi/aoki_j.htm

 構成に興味がある。しかしその構成を本当の建物をつかって「表現」してみたいとは思わない。構造の仕組みに興味がある。しかしその構造の仕組みを建築という生身の物質をつかって「表現」したいとは思わない。
 建築には構成なり構造の仕組みなりがあることは当然である。そうでなければ、そもそもそれは建築とは呼べない。どういう構成をとっているか。どんな構造システムによってできあがっているのか。しかし、それらは手段にすぎないと思う。
 で、それらを駆使して、なにを実現しているのか?
 それこそが重要であると思う。(中略)
 建物で実現されているのは、空間や物やまたそれらのあり方がはりめぐらす「その場の質」としかいいようのないものである。コンクリートと鉄がそのままぶつかりあっている倉庫には倉庫の「その場の質」があり、ガラスと石が整然と割り付けられたオフィスビルにはオフィスビルの「その場の質」がある。ぼくが建物をつくっているときに考えているのも、今度の建物ではどんな「その場の質」を実現すべきなのか、ということである。(以下略)

something old  something new

matizukurisyouten
←井筒屋町造商店

所沢にて。

まちづくりの拠点として先日オープンした
井筒屋町造商店で、いろいろ話を伺う。

 都市計画(30年くらい前の計画で、地区ごとに再開発して大規模な高層化、図る予定(西新宿みたいな感じか?)だったらしい。)から、
 古い建物の現状(ここ数年で、取り壊しが進んでいるらしい。
前につくった、まち案内マップに載っている古い建物は、今はなくなったものも多いとのこと。)とか、
 近年の高層マンションの話(30年前の当初の再開発の計画が規模縮小されて、中規模の高層マンションがたち並んでいる。)とか。
 それからこの井筒屋町造商店を直す話(築100年。雨漏りし、傾いていたが、梁を接木する等それをボランティアでなおしたらしい。)とか。

近くに築130年のお豆腐やさんと、江戸時代につくられた駄菓子やさんがあると
いう話も伺い、帰りに立ち寄ってみた。

dagasiya←駄菓子やさん

駄菓子屋さん
すごく賑わっていた。
こどもが10人くらいワラワラと集まって買い物してた。
それを80過ぎとおもわれるおじいちゃんが応対してる。


お豆腐屋さん
昔の畳敷きの接客スペース(?)があり。階段箪笥もあり。がんもどきを買う。おばあちゃんがオマケに油揚げも入れてくれた。
私がちらちら店をみていたのに気づいてか、建物やその土地の話もしてくれた。

まちとか建物にかかわらず、新旧が混在するって楽しい気がする。http://homepage3.nifty.com/gondak/idutuyakari.htm

量(ヴォリューム)の力

ある有名な政治家の話。

ある人がお金積んでもなびかなかったそうでして、
それにたいし、お金の問題でない、と考えるのではなく、
「量が足りなかった」
と今度は増やしてお金を再度積んだとか。

考えの方向性は変えずに、量(ヴォリューム)で解決しようするのが、
痛快かもしれません。

TOKYOアンダーグラウンド


tikatuuro


http://www.geo-site.jp/index.html
戦争とかで地上の多くが跡形もなくなり全ては忘れさられ、
かつてのことを知らない誰かが偶然やってきて、 
かろうじて形を残す、地下の縦横無尽の空間を見つけて、
「かつてここに高度な文明があった」っていう気がする。

カレンダー

01 | 2005/02 | 03
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 - - - - -

検索フォーム

プロフィール

sumiret

Author:sumiret
このブログはただの私のメモですが、
たまには誰かが共感してくれたらうれしいかも。

管理が今ひとつ出来ない為、只今コメント受け付けてません。何かあればメールにてよろしくお願いします。

QRコード

QRコード

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。